丸い炒飯。

8月20日(金) 

午前10時過ぎ、東の新神戸の方や、

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 南東のポートアイランドの方は、久しぶりの青空ですが、

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西の方には黒っぽい雨雲が低いです。 

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案の定、午後からまた雨になってしまいました。

こう雨ばかりだと疲れてきます。 

 

疲れをごまかそうとした訳でもないでしょうが、

お昼ご飯に、配偶者が炒飯を丸く盛りました。

こういう炒飯が店でもあったことを思い出し、

気持ちも丸くなります。

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添えてあるのはセブンイレブンで買ったチキンナゲットとアメリカンドッグ。

 

大阪王将 炒飯の素」を使っています。

「炒飯の素」の写真は、

大阪王将 炒飯の素|株式会社イートアンドフーズ より流用。

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家で作っても、それらしい味になっています。

店では、中華スープが付いているのですが、

家ではインスタントラーメン一袋分作って、

半分に分けてスープ代わりにしているのですが、 

きょうは残念ながら無かったようです。

餃子も欲しかったなあ。

 

炒飯をおいしいと思ったのは、小学生低学年の頃、

父と二人で、「町中華」の店で食べた時でした。

町中華」の店をうまく説明しているのがこちらです。

主に昭和の頃に創業し、戦後の高度経済成長期にかけて続々と増えた大衆的な中華食堂。本場の「中国料理」とは異なり、メニューにはカツ丼、オムライス、カレーライスなど中華以外の料理が並ぶこともしばしば。

machichuka.com

 

もちろんその頃「町中華」という言葉はありません。

中華料理と言えば、親戚が集まる法事などの会食の時に、

大きなテーブルを囲み、料理はコースで出てくるもので、

小学生低学年の私にはおいしいと言えるものではありませんでした。

場所は昔のままだが、当時どんな建物だったのか全く憶えていない。小学校の高学年になると法事にも出なくなり全く縁が無くなってしまった。

その頃大人達が注文するメニューはコースのみで、子供に馴染みの無い料理が多く、余り嬉しく無かった。特に「鯉料理」は苦手だった。何年か前に少し年上の華僑の人とその鯉の話になって、その人も子供時分は苦手だったが、今だったら酒の肴においしいよ、と教えられた。

帰宅してから「第一樓」のHPで調べたら、「鯉の姿甘酢あんかけ/時価」となっていたので、お試しなんか出来ない、とあきらめた。

神戸 旧居留地をぶらり - pochinokotodamaのブログ より

 

炒飯、酢豚、八宝菜などの単品料理の「町中華」はおいしくて、

今は食堂を止めて豚まんなどの販売をしている三宮の「太平閣」に行く時は、

親にくっついて行っていました。

学生の頃、仲間と一緒に行くのは、三宮の高架下にある「珉珉」。

 

町中華」のカレーライスと言えば、今は閉店してしまった、

生田新道とトアロードの交差点山側にあった「杏花村」を思い出します。

華僑の方に、ちょっと面白い味やで、と教えられて行ってみたら、

確かに中華味がする独特のカレーライスでした。今でも食べたくなります。

 

やはり家でおいしい中華料理を作るのは無理です。